1960年代にメインフレームが登場し企業がITを活用した業務効率化に取り組み始めて以降、テクノロジーの進化に連れて企業でのITの存在感は高まり、今では企業活動を進めるにあたって必要不可欠な経営資源となっています。
また、2000年代に入ってからはテクノロジーの進化はさらに加速し、それに追随する形で2018年には経済産業省からはデジタルトランスフォーメーション(DX)を推奨する「DXレポート」がリリースされました。
このような時流において、ITに対してさらなる期待を寄せながらも適切なIT投資ができないことでデジタル敗者になるのではないかといった危機感を覚えている企業も多いのではと思います。
本記事では企業によるIT投資動向の考察を踏まえ、IT投資を成功させるために役に立つフレームワークを紹介します。
まず、日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が毎年実施している「企業IT動向調査」からITを活用して解決したいと考えている経営課題についてトレンドを追ってみました。
図1 IT投資で解決したい経営課題Top5(「企業IT動向調査(JUAS)」より筆者が作成)
図1は2010年から2019年にかけてのITを活用して解決していきたい経営課題ニーズのトレンドとなりますが、2016年を境に少し傾向が変わってきていることが見て取れます。
2016年までは「IT開発・運用コストの削減」や「グローバル化への対応」といった課題がTop5に名を連ねており、企業はITに対して『ビジネスに対するリスク低減』に期待を寄せていたと考えられます。(いわゆる「守りのIT投資」)
2017年以降はITを活用して解決したい経営課題として「ビジネスモデルの変革」「顧客重視の経営」「商品・サービスの差別化・高付加価値化」がTop5にランクインしてきており、ビジネスそのものにITを活用していく(攻めのIT投資)、といったITへの期待に変化が見られるようになりました。
また、「迅速な業績把握、情報把握(リアルタイム経営)」「業務プロセスの効率化(省力化、業務コスト削減)」は過去10年間にわたり不動のトップとして挙げられており、この課題は今後も取り組むことになることが予測できます。
続いて経営課題を解決するために企業はどのようなテクノロジーを重要視しているのかを見てみました。
図2 重要視するテクノロジーTop5(「企業IT動向調査(JUAS)」より筆者が作成)
近年では「IoT」「パブリッククラウド」の注目度が高く、ITで解決したい経営課題の変化に準じる形で2017年から「AI」がTop5にランクインしてきています。パブリッククラウドはコスト削減効果だけではなく、ビジネスの変化に素早く対応していくためのプラットフォームとしての期待も大きいと考えられ、これらのテクノロジーを組み合わせて活用しビジネスの拡大を進めていきたいといった企業の意向が推察できます。
また、コスト削減効果が測りやすいRPAに対しても企業の期待が高まっていることがわかります。
何故IT投資が上手くいかないのか?
前節ではITを活用して解決していきたい経営課題について見てきましたが、「それに対して適切に投資が行えているのか?」、という問いかけに対しては多くの企業は頭を悩ませていそうです。
図3 経営課題に対するIT投資の振り向け(「企業IT動向調査(JUAS)」より筆者が作成)
図3は2013年から調査結果がレポートされ始めたIT投資の振り分け状況を整理したグラフ(※)となります。経営課題に対してIT投資が振り向けられている企業は徐々に増えてきてはいますが、まだ70%以上の企業が十分ではないと考えているようです。
その主な要因として以下のようなものがあると推察できます。
● 経営/事業戦略とIT戦略が整合していない
● IT投資施策に対して適切な優先順位付けができていない
● 戦略的なIT投資を行うためのロードマップが描けていない(結果として立案したIT施策を推進する
ためのIT投資予算の確保が難しい)
IT戦略策定のプロセスは企業によって様々ですが、事業計画を実現してくためのIT施策と企業運営のために必要となるIT施策を全社レベルのIT戦略(IT中期計画)として取りまとめていくことが多いと思います。潤沢な予算があり立案したIT施策に対して全て投資できるのであれば問題ないのですが、ほとんどの企業は限られた予算の中で対応していく必要があります。そのために、IT戦略を取りまとめていく過程で個別最適と全体最適のバランスを鑑みた自社IT環境の方向性について検討を行うことになりますが、ここに一つ大きな壁があると考えております。
※2017年は調査結果のレポートなし
投資すべきIT施策を導き出すフレームワーク
前節で述べたIT投資を阻害する壁についてもう少し掘り下げてみていきたいと思います。
投資すべきIT施策選定を難しくする壁
IT戦略を取りまとめていく過程で個別最適と全体最適のバランスを鑑みた自社IT環境の方向性について検討
経営課題に対してIT投資が十分に振り向けられていない企業では立案したIT施策の取りまとめを行う際、個々の施策レベルで内容を評価しスコープや投資額を調整していくことに留まり、以下のような検討にまで踏み込めていないのではないかと推察します。
● IT施策全体を俯瞰し全体最適として何をやっていくべきか
● IT施策に対してどこまで個別最適で対応するのか
そのため、社内で影響力のある部門のIT施策が優先されて他の施策に予算を振り向けることができなかったり、テクノロジートレンドに乗っかった唐突感のある施策が投資対象となったりなど、経営課題解決のストーリーを描けないIT戦略(IT中期計画)が出来上がってしまうことになると考えます。
図4 IT投資分類のフレームワーク(製造業における一例)
この壁を乗り越えるには個々のIT施策の合目的性を確認しかつ全社として取り組む内容と個別に取り組む内容を精査してIT施策の調整を行うことが重要になってくると考えます。
その際に有用となるのが図4にあるIT投資分類のフレームワークです。
このフレームワークはIT投資の目的とそれを達成するための方向性から効果的な施策とそれに付随するIT施策を整理したものとなります。(施策の内容は業界によって異なりますが、フレームワーク自体の基本的な考え方は同じです。)
立案したIT施策をこのフレームワークで整理することで、
● IT施策の目的・方向性が経営/事業戦略と整合しているか
● 共通化できる方法はないか
● IT施策が偏り自社環境に問題が生じないか
などがステークホルダー間で目線合わせしやすくなります。
例えば、基幹システム刷新の施策に対しては今後の事業の方向性を踏まえて、モダナイゼーションやマイクロサービス化まで踏み込むかどうかが調整のポイントになってきます。また、AI/IoTによる施策(品質改善・省力化等)に対しては、事業部固有の仕組みにするのか共通プラットフォーム化による全社展開の仕組みとするのか検討したほうがよいでしょう。
ここで紹介したフレームワークは上記のようなIT施策を取りまとめていく際に行う検討の一助になるものと考えております。
本記事で挙げたような要因でIT投資に頭を悩ませている場合は、ここで紹介したフレームワークを活用してIT施策を検討してみてはいかがでしょうか。
執筆者紹介
T.T エンタープライズテクノロジー事業部
事業会社(精密機器メーカー)とコンサルティグファーム(総研系、外資系、Big4)で約18年の業務経験を経てJGコーポレーションにジョイン。
IT投資戦略やIT組織/人材戦略といった戦略策定からエマージングテクノロジー関連(AI/IoT、ビッグデータ等)のプロジェクトまで多数のプロジェクトをリード。
幅広い業界におけるプロジェクト経験を有する。IT戦略およびデータマネジメント領域のコンサルティングを得意とする。